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綾小路秀麿アイドルを語る 序章 注)本篇は 1996年2月11日に発行された某大学教授退官記念文集に掲載されたものを、一部加筆訂正して転載したものである(本当)。なお、本篇は、基本的に 87〜91年に某ミニコミ誌に連載されたコラムの続編であり、綾小路秀麿と大三元ツモ夫の対談という形で話が展開されている。
(大三元ツモ夫) 95年はおニャン子クラブ誕生10周年に当たりますが、80年代−と言ってもほんの数年前までのことですが−あれほど栄耀栄華を誇っていた女性アイドル歌手(以下、アイドル)も、今日では、ほぼ絶滅してしまいましたね。(綾小路秀麿) 「今時の若者に10年前のオリコンチャートを見せたら、多分理解できないだろうね」−先生が本コラムを始めた 87年は、丁度おニャン子が解散した年で、アイドルマニアは虚脱状態になっていましたね。そして88年は昭和天皇ご危篤による自粛ムードの中で歌謡大賞が中止となり、御代が平成と改まった89年にはバンドブーム勃発の一方で『ザ・ベストテン』が放送終了になって…「『おたく』という単語を一躍有名にした事件が起きたのも 89年だったね」−言わば先生の学生時代( 87〜90年)は、アイドルが滅び行く中で最後の輝きを放っていた時期だと思うのですが、それにしても何故、アイドルは90年代に入って殆ど滅びてしまったのですか?「 80年代に入ってテレビの複数所有化とビデオの普及が進むと、家族団欒的テレビ視聴は崩壊し、そこから生まれる国民歌謡は滅び、流行歌のタコツボ化(=趣味の多様化)が始まった。その中で、80年代に音楽メディアの主導権を握ったのがアイドルだった」−確かに松田聖子から中森明菜・小泉今日子、菊池桃子、おニャン子を経て工藤静香・ウインクに至る 10年間のアイドルの勢いは、凄まじいの一言に尽きますものね。「 70年代の終わりからシングル盤は中高生しか買わなくなっていた。故に『売れている曲=アイドル』となり、音楽番組はアイドルを中心に据えざるを得なかった」−言わばアイドルは、男子中高生の『世代商品』として一時代を築いた訳ですね。 「そう。しかし中高生に特化したことが 90年代に入ってアイドル衰退の原因になった」−それは何故ですか? 「83年ファミコンが発売された。ファミコンのメインターゲットは男子小中学生。つまり、アイドルとはモロに競合する」−なるほど。 「それと、 80年代末からのカラオケ普及とバンド活動の市民権獲得は、自己表現欲求の強い団塊ジュニアを惹きつけ、90年代に入って本格的にバンドブームとアイドル離れが始まった」−音楽番組も、 80年代終盤からどんどん無くなっていきましたね。「 80年代は良くも悪くも『流行歌=アイドルポップス』だったからね。アイドル衰退→視聴率低下→番組打切→アイドル衰退…という悪循環を繰り返してしまったんだね」−しかし、『アイドルが滅びた』現在でも、『アイドル』と呼ばれる、『若くて可愛い女の子の芸能人』は沢山いるのですが… 「 90年代に入ってアイドルは『レコード歌手』の呪縛から解放され、自分の持って生まれた美貌と存在感で売るようになった−例えば『3M』と呼ばれる宮沢りえ・観月ありさ・牧瀬里穂などのように−。僕はこの新しいアイドルの在り方を、『存在としてのアイドル』と呼んでいるのだけれども」−最後に、 90年代後半のアイドルシーンは果たしてどうなるのでしょうか?「 94年後半の篠原涼子の大ヒット以降、アイドルの『歌手回帰』が始まり、内田有紀、瀬戸朝香、雛形あきこ等『大型新人』が相次いでデビューした(96年には、ともさかりえもデビュー)。まあ、『アイドル=歌手』という共同幻想があり、コアなマニア(自分だ!)が存在するうちは、かつての『ゴールデン・エイティーズ』の再来は無いにしても、何とか大丈夫なんじゃないかな」(了)
Copyright (c)1997 AYANOKOHJI Hidemaro,DAISANGEN Tsumoo All Right Reserved 1997.5.10 Updated |